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write:タオ
2010年07月27日(火) 23:58
 こんにちは。
今日のニュースで、びっくりしたこと。

『いろは丸の絵、長崎で発見か 坂本竜馬乗船中に衝突、沈没』!

びっくりしたのは、その絵を見て、
「あ〜!第二丁卯(テイボウ)に似とる〜!」と思わずつぶやいたこと。
それもそのはずです。同じころに造られているのですから。
                           (↓ いろは丸『出典:47NEWS』

ちなみに……、
第二丁卯とは、まだ佐世保が「佐世保村」だった頃、
佐世保港を測量に来た船です。(1883年・明治16年)
その測量結果により、横須賀・呉に次ぐ、三番目の軍港設置は、
佐世保村に決まりました。

そこから「佐世保村」は爆発的に発展。
「佐世保町」を飛び越して、いっきに「佐世保市」へと昇格するのです。

さて、「いろは丸」と「第二丁卯(↓)」を比べてみたくなりました。

いろは丸は、1862年、イギリス・バーミンガムにて建造。仮称:アビソ号
第二丁卯は、1867年、イギリス・ロンドンにて建造。仮称:アソンタ号

いろは丸は、1863年、薩摩藩が購入。
第二丁卯は、1868年、長州藩が購入。

いろは丸は、160トン。
第二丁卯は、236トン。

ところが、全長。いろは丸は、30間。1間=1.82で換算して、54.6メートル。
第二丁卯は、ウィキでは36.58メートル。その他、40.5メートルという記載もあり。
……なんか、ちっちゃいんですけど……。

全長を基準にして考えれば、
第二丁卯のトン数が多すぎる。
いろは丸より、小さかったのではないか?

福山市には、「平成いろは丸」が就航している模様。
http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/life/detail.php?hdnKey=5956
約120年前、こんな感じで佐世保の港にあらわれたのかなあ〜。

いつか、佐世保の海に、「平成第二丁卯」が就航するかも…!?(タオ)





ところが、その後、こんな記述に出会い、気になる〜。

  ・「第二丁卯」……明治新政府の軍艦の中でも、最も小さな百二十七屯の艦。
                   (『佐世保風土記』矢動丸広著、ほたる書房 P92)

ありゃ? 236トンではなく、127トン? 

もうひとつ。
 
  ・……「第二丁卯(一二五トン)で調査のため佐世保湾に入り、
     約一ケ月間、早岐から相浦海域まで調査した。
            (『目で見る佐世保の100年』筒井隆義監修、郷土出版社 P14)

web上で見ることのできる『佐世保の歴史』でも、125トンでした。125トン優勢か。

これらは、どうも出典の違いのよう。真相はわかりませんが…。

236トン、は → 『幕末の蒸気船物語』 → 発行 2004.4
125トン、は → 『日本海軍史 第七巻』 → 発行 1995.11

『目で見る佐世保の100年』の発行は、2002.3
『佐世保風土記』の発行は、1989.12

そもそも、排出量の基準が違ってたとしたら……、気になる〜。(タオ)
| タオ | comments(2) |
コメント
不適切、無関係と思われるコメントは削除させていただく場合があります。
2011/01/18 12:01 AM 投稿者: 第二丁卯艦縁の者
先々々代が戊辰戦争、箱館戦で第二丁卯艦の艦長でした。もちろん旧長州出身です。佐世保にも行っていたんですね。
2011/01/22 9:36 PM 投稿者: タオ
第二丁卯艦縁の者様、コメントありがとうございます。先々々代様が館長をなさっていたとは! コメントを頂いて、大変驚いていますとともに、本当に嬉しく思っております。そうですか…、長州の…、そうですか……。ありがとうございます。
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